闇然而日章。
日々の積み重ねがやがてその価値をあらわす

平凡という言葉では済まされない、100人いれば100通りの生き様がある

Big Bang
episode23

それは、とても小さな物語

フリーペーパーの会社を辞めたあと、行き先はもう決まっていた。WEBの音楽メディアを3つほど運営し、映画のプロモーションサイトを多く作っているWEB制作会社だった。広告代理店時代のクライアントで、ずっと僕に声を掛け続けてくれていた。

。マネジメントは苦手で職人気質な僕にとっては少し気の重い役職だった。しかも、またしても肩書きは営業職…。疲れ果てた精神状態の中、それでも僕は何かに導かれるように入社を決めた。

前職では広告代理店との飲みと、常務のキャバクラ巡りのお供で体がボロボロだった。日中でも、体に沁み渡ったアルコールで指先が痺れているほどだった。もちろんみんな逆境の僕を応援してくれていて、僕がみんなに甘えていた。でも、もうそんな酒浸りの生活からは抜け出したいとも思っていた。

久しぶりに飲みもなく、仕事に没頭できる環境に僕は晴れ晴れしい気分だった。いつか飛び込み営業をしている時に非常階段でみた青空を思い出した。新宿御苑を見下ろし、遠く東京タワーまでみえる。見晴らしのいい景色と澄み切った青空、少し冷たい風。そう、ダメな時はあの飛び込み営業のように、また振り出しから始めればいい。

手はじめに僕は当時影響を受けた本を参考に「営業マン・ブランド戦略」というものを始めた。営業メンバーに自分の強みやルーツとなる価値観を、ワークショップを通じて発見してもらい、それを営業トークのベースにちりばめることで話す言葉に重みをつくる。営業シーンにおける人間力のブランディング。参考にした本にはそんな趣旨の説明があった。

ちょうどその頃、自社の音楽WEBメディアの編集長で、ディレクターとしても営業としても優れている同僚から大手プロバイダーの採用ホームページの企画の相談を受けた。業界でも有名な編集企画のセミナーに参加し、その中のワークで表彰され、同じセミナーに出席していた、その大手プロバイダーの担当者から「いっしょに仕事がしたい」と声を掛けられたらしい。さすがだ。

僕はその提案の中に例のワークショップを盛り込んだ。採用ホームページの社員ページに多くみられる仕事成果のストーリー。それにその成果を支えたルーツとなる個人の価値観のストーリーを紐づける。ビジュアルは音楽WEBメディアの広告でも定評があった写真を大きくみせる紙芝居形式。写真のクオリティがコンテンツのクオリティそのものを左右する企画なので、撮影もメディアでお世話になっている熟練のカメラマンさんに協力を要請した。

プレゼンは先方に好評を博した。ワークショップがあり、それをもとにしたインタビューがあり、さらに仕事シーンの撮影。ルーツとなる価値観の撮影には社員さんの休日を調整してもらい、各自のルーツにゆかりのある場所を土曜と日曜の2日間でまわる撮影ツアーを組んだ。手間も時間も掛かったけれど、先方の人事部も社員さんも全面的に協力してくれた。

 

かくして出来上がった採用ホームページは僕の代表作になった。僕の手柄というよりは、優れた同僚とクライアントの協力、そしてカメラマンや予算にあわない部分は自ら手を動かしてくれたWEB制作会社の社長の尽力の賜物だった。

作品はその後社内で語り継がれるほどに絶賛された。でも、僕自身にとって何よりも大きかったのは、企業ホームページの編集の中に、度を超えた、個人ブランドのページを生み出せたことだった。幼年期や学生時代の様々な経験から生まれた価値観が、社会に出て仕事の舞台で花開く。その物語は、採用という枠を超えて、生きる元気を与えてくれる物語だった。

決して有名人などではない、どこかの会社の、どこにでもいるような、ある社員さんの物語。そんな「とても小さな物語」が元気や勇気、生きる力を与えてくれる。それは、ある意味、僕が人生の目的に据えた「誰かの生きる力になる作品」だった。

そういえば、僕が広告代理店時代にタッグを組んでいた制作マンがいた。彼は僕より5歳くらい年下で20代前半だった。彼は映画の脚本家を目指し、自分でこれはと思えるプロットが書けると、彼が憧れる著名映画監督に会いに行き、そのプロットを見て貰っていた。

ある日、そんな彼に訊かれた。
「中嶋さんの影響を受けたアーティストってどんな人ですか?」
暫く考えてから、僕は答えた。
「特に、いないんだ。普通の人、毎日こうやって僕たちみたいに生活しているサラリーマンの中にすごい人はいるし、いつかそれが…、つまり普通の人が、すごいって思わせる作品をつくりたい。それだけなんだ」
「さえないですねぇ」
彼はそう言うと、その後もうその話に触れることはなかった。

すっかり忘れていたけれど、僕はだいぶ前に気づいていた。「誰かの生きる力になる作品」というものは「とても小さな物語」であってもいいということに。

あの頃、月250本という膨大な数の原稿制作と取材をこなす中で、僕の頭の中には「とても小さな物語」がすでにあったのだ。偉大なアーティストや歴史に名前を刻む起業家のような壮大なドラマが無くてもいい。誰かの生きる姿は、それだけで大きな力を放っている。

僕はその「とても小さな物語」の制作に夢中になった。会社を退職し、独立した後も僕はその物語を書き続けた。

忘形見

また春が来て 花弁は揺れる
ひとの心は測り難き
嗚呼 時は逝く 想いを残して
幾千のひとの忘形見

過ぎ去りし恋も 奪われた愛も
思い出というには辛すぎる過去も

ひとかけら 胸によぎれば
彼方から 押し寄せる波
人影が 胸によぎれば
嗚呼 狂おしく

また春が来て 花弁は揺れる
ひとの心は測り難き
嗚呼 時は逝く 想いを残して
幾千のひとの忘形見

誰もあなたには代われない
轍の跡に光は舞う
自分らしく生きてゆくこと
すべてを受け入れてみようと

また夏は来て 若葉は揺れてる
強い日差しは影を落とす
嗚呼 時は逝く 想いを残して
幾千のひとの忘形見

もう会えぬひとへの心残りも
青春の日々の報われぬ汗も

ひとかけら 胸によぎれば
彼方から 押し寄せる波
人影が 胸によぎれば
嗚呼 狂おしく

また秋が来て 秋桜は揺れる
薄紫色の恋模様
嗚呼 時は逝く 想いを残して
幾千のひとの忘形見

また冬は来て 心は凍える
誰も逆らえぬ移ろいに
嗚呼 春を待つ 光を求めて
見上げた夜空に流れ星

忘形見

Music Video「忘形見」

Lyrics/Composed/Arranged/Movie:Chihiro

SpecialThanks
<Vroid 衣装、パーツ>
OFFGALA/galaさん(ヒロの髪型)
ティードットショップ/ティードットゼロさん(ボーイズレガシィセット/ヒロの幼年期)
METRONOME/桜居春斗さん(彼女のエプロンと長袖Tシャツ)https://sakray.booth.pm/
OFFGALA/galaさん(彼女のローライズジーンズ)
赤羽根衣装店/赤羽根さん(彼女の友達のナポレオンコート/トレンチコート風に改変)
studioH。さん(彼女の友達のクルーネックセーター)
一心堂/ISSHINさん(彼女の友達のスタンダードシャツ)
piriod/こまこさん(彼女の友達のダメージスリムジーンズ)
RielyMart/兎野りえさん(彼女の友達のストラップパンプス)
Ringo 🍎🍎🍎さん(ランドセル)
HulaFlatWorksさん(ヒロの柄シャツ、ジッパータートル)
もちょんさん(ライラ服のbutton)、華音3Rさん(ライラ服のlacework)
<背景画>
ろくロクさん(桜の花びら)、ぶたどんさん(大きな窓がある書斎)
illustBさん(書斎の背景)、こみみさん(アイビー)、ぷにぷにさん(アイビー)
K-factoryさん(優秀賞の楯・グランドピアノ横)、Enuさん(優秀賞のプレート)
riribonさん(譜面/改変)、sagohachi358さん(舞台の木目)
HiroSundさん(外国の街並み)、ゆるまるさん(教室の机とランドセル)
きららむしさん(田舎道)、背景職人Mさん(公園のベンチ/夜に改変)
ぶたどんさん(夕日が差し込むキッチン)、Sunny Illustrationさん(観葉植物/パキラ)
CrioStudioさん(サラダとサラダボール)、YUTO@PHOTOGRAPHERさん(田舎の駅/改変)
solanineさん(若葉)、ぶたどんさん(住宅街)、背景職人Mさん(竹林の道)
岸田_AIイラストさん(野球場)、ぶたどんさん(バスケットボールコート)
スタジオセレスト背景素材店さん(渋谷スクランブル交差点)、歩夢さん(雪の街中)

Vocal:Vocaloid MEIKO V3 / ZOLA PROJECT WIL,KYO / Character:Vroid-Studio、3tene
Motion Capture:カーネギーメロン大学モーションキャプチャライブラリ、Jennifer Sumbu Longeさん
StockFootage:Storyblocks