クラリネット。教わることを遥かに超えた力

校庭の外れの焼却炉を囲う低いブロック塀に腰掛け、放課後の器楽サークルに所属する僕ら3人はクラリネットを吹いていた。小学生の僕らは3人とも「クラリネットⅢ」という伴奏パートなので、あわせて吹いても様にはならない。それでも僕はクラリネットを吹くという行為自体に満足していた。

朝起きてスクールバスが来るまで自宅のリビングで吹き、放課後は一目散に誰よりも早く音楽室へ行って吹く。帰宅すれば、近所から苦情が来ない時間まで疲れを知らずに吹いた。おかげで僕は所属する日本人会（東南アジアの日本人学校だった）の器楽サークルで、ひとり小学部の見本として、みんなの前で演奏することさえあったし、中学部だけの演奏に呼ばれたこともあった。

自分が思ったメロディーをまるで自分の手足のように自在に奏でられる。そのことは小学生の僕に驚きと興奮をもたらしていた。まるでクラリネットを自分が発明したかのような興奮だった。

放課後、音楽室で全体会が終わると、器楽サークルの児童生徒は大学のキャンパスほどもある学校の敷地内に散り、個人練習を行う。僕らが練習場所に決めていた校庭の外れの焼却炉へ向かう途中、現地人の警備員によく会った。彼は僕らをとても可愛がってくれた。

彼がニコニコと微笑みかけてくれると僕はおもむろに彼の国の国家を演奏した。彼は咄嗟に背筋を伸ばし、機敏な動きで敬礼をする。演奏が終わると敬礼を解き、またニコニコと微笑んでくれる。それがお決まりの挨拶だった。言葉は通じなくても、何かが彼と結ばれているような、その時間が僕は好きだった。そしてそれは音楽という言葉を超えたコミュニケーションを肌で感じる瞬間だった

クラリネットが僕の生活そのものだった小学生時代、僕をそこまで駆り立てたのは誰に教わったことでもない。大勢の仲間と一斉に音を出し、一体となる、あの恍惚とした感覚や、和音やメロディーという言葉とも絵とも違う独特の表現に魅せられていた。もっと当時の感覚を正確に伝えるならば、それは僕の発見だった。

自ら気づいたことには大きな力が生まれる。そこには教わることを遥かに超えた力がある。きっと歴史上の偉大な作曲家たちも、自ら発見したドミソの和音の美しさに始まり、生涯を掛けてあの名曲たちを残したのだろう。

そして、それらの発見はきっと何かに導かれている。真摯に、そこに佇むことを心に決めた時、それを天命と覚悟を決めた時、そしてそれを愛した時、人にはその何かの力が宿るのかもしれない。少なくても、その頃の、まだ幼かった僕は、その力のかけらを手に入れて、将来音楽で身を立てることを夢みていた。