置き忘れてきた夢たちは昼休みの晴れた校舎の屋上でキラキラと輝く

職業訓練校の昇降口はいつも光に溢れていた。古いコの字型の校舎の2階に位置し、中庭に臨んだ壁面は天井まで、すべてガラスで覆われている。朝日を浴びた下駄箱や廊下をみていると、どこか遠くに何か大切なものを置き忘れてきたような郷愁に駆られた。

IllustratorやPhotoshop、Quarkなどのアプリケーションの授業からデザインの基礎、色彩の基礎、なかには紙の専門知識の授業まであった。1週間もすると自然と休み時間に集まる顔ぶれも決まってくる。女優を目指してきた子やイラストレーターを目指してきた子、19歳の女の子ひとりを除けば、20代半ば～後半の女5人、男2人のグループだった。そもそも30人のクラスに男性は5人しかいないのだから、そんな比率にもなる。

昼休みには毎日お弁当を持って、みんなで屋上へ出た。晴れた校舎の屋上には、満たされないまま置き忘れてきた夢がキラキラと輝いているようだった。

「私またオーディション受けてくる。だから音楽、あきらめるなよ。」
女優を目指してきた、ひとつ年上の彼女が僕にはっぱをかけた。傷のなめ合いなのか、それともそれぞれの夢が化学反応を起こしているのか、何かそこには青春のような匂いが漂っていた。

友人と呼べる関係の中に身を置くことは久しぶりだった。3時に授業が終わり、早い夕方から安い居酒屋を梯子する。それぞれが想いを語り、未来を模索していた。

 
 

ギターと歌が上手かったアキといっしょに僕は、池袋の大きな公園でよく弾き語りをした。アキと行動をともにしていると、もうひとつ違う現実がそこにあるように思えた。ギターケースを抱えたまま、毎日アキと明け方まで飲み歩くようになった僕を嫁は心配した。

「アキちゃんとすごく似合ってる。私、身を引いてもいいよ…。」 彼女の言葉にはいつも嘘がない。身を引いてもいいと彼女が言えば、それは本気なのだ。確かにアキと音楽の道をやり直す選択肢はあった。でも彼女のその言葉に僕は迷いを一掃した。予定通り、音楽以外の道を探す。

職業訓練校はたった半年の期間だったのに、なぜか数年間もみんなと過ごしていたような気がする。それは夢と現実の狭間に生まれた束の間の理想郷のような時間だった。でも、決して時間は止まることはなく、僕らはまた現実へと帰っていった。

卒業式を終えた数ヶ月後、アキから一枚のハガキが届いた。短い文章で「彼氏と富士山の麓で暮らしています」と書いてあった。本当に彼氏ができたのか、それとも僕への気遣いなのか、僕にはわからなかった。

出会いと別れを繰り返し、その度に僕らは成長していく。みんな、どうしているだろう。10代の頃に読んだ寺山修司の「さよならだけが人生だ」（※）という言葉を今更ながらに思い出す。

※さよならだけが人生だ：もとは于武陵「勧酒」の一節「人生足別離」の井伏鱒二の訳