女々しい男、男らしい女

中学校は帰国子女の枠で、ある国立大学の附属中学校へ入学することができた。毎朝、登校すると僕は真っ先に図書館に隣接する司書の先生の部屋へ行く。お弁当を司書室のヒーターの上に置くと「先生、じゃあ、またあとで！」と言って教室へと向かう。

「図書委員の特権だからね」などと言いながら、お昼はヒーターで温まったお弁当を先生と話しながら食べた。10歳と離れていない先生を僕は姉のように慕っていた。おかげで本がそれほど好きではなかったのに図書館に棲みつくようになっていた。

「そろそろ、みんな来る頃だから。」
席を立って図書館のカウンターに入る。貸し出し中の本の図書カードを整頓して、みんなを待つ。教室で昼食を食べ終えた同級生たちが次第に図書館に集まり出すと、僕は返却と貸出の手続きをしながら、同級生たちとたわいもない話をした。時々、図書委員会の顧問の先生に「図書室はサロンじゃない！」と怒鳴られるほど、それが僕らの常だった。

集まってくる顔ぶれは、頭のいい子ばかりだった。そもそもこの学校は帰国子女枠なしに僕が入れるような学校ではない。偏差値にしても倍率にしても圧倒的な地域ナンバーワンの学校だった。たわいのない話の中にも「そんな視点があるのか」「どこでそんな知識を得るのか」と驚かされる（もちろん当時はインターネットなどない）。それを決して気取らず、当然のように話す、スマートで優美な同級生たちに僕はすっかり魅了されていた。

女々しい男、男らしい女。彼ら彼女らの印象をひと言で語るとそうなる。でもそれはひとつの漠然とした印象であり、彼ら、彼女らの本質は（「中庸」とでも呼べばいいのだろうか）対極の間でバランスよく保たれている美しさだった。

みんなの話を聴きながら、頭の悪い僕はいつも思考が偏りがちだった。対極と呼ばれる価値観の間に、無数のバランスポイントがあり、しかもそれは決して対極の真ん中とは限らない。彼ら彼女らの会話を聞いていると、そのバランスポイントを手探りで探っているかのようだった。

時にテーマは、解決不可能と思われる領域にも足を踏み入れた。生と死、戦争と平和、支配と服従、肉体と精神、男と女…。彼ら彼女らは、およそ中学生では目を向けないであろう闇の部分にまで目を向け、答えを見出そうとする。あの苦々しい小学6年の1年を過ごした小学校から一変した環境に僕はとても満足していたし、毎日が楽しく、刺激的だった。

そしてそんな彼ら彼女らとの出会いは僕を魅了すると同時に、自分がいかに愚かで頭の悪い人間なのかを突き付けられるようでもあった。僕は、冴えない頭でも、自分の頭で考え、明日を見据えていかなければならないことをこの中学時代に知った。