祈り。その沈黙はやさしい

僕らの闘争という宿命に唯一立ち向かえるのは「祈り」しかないのかもしれない

沈黙
episode12

ラスコーリニコフを見守るソーニャのように

高校を卒業してからは音楽の専門学校へ入学した。大学進学を強く望む両親を説得しながら行く気のない大学受験の予備校まで通い、2年掛かりの説得だった。それにも関わらず僕はその学校を1年で辞めてしまった。

当時はバブル期で、僕がアルバイトをしていた大手スーパーのお弁当工場の発注量もうなぎ昇りだった。更新を続ける発注ギネス。工場長をはじめ、自分を必要としてくれる人々の存在に、学校よりそっちの方が居心地よかったのかもしれない。

僕は毎日のように工場の休憩室に泊まり、よく働いた。月収もアルバイトなのに30万円くらい貰っていた。終電過ぎくらいに集荷のトラックを見送ると工場の仲間と街へ飲みに繰り出し、明け方に工場の休憩室で寝る。そんな日々が続いていた。

4年くらい経ったある日、免停になったというトラックの運転者が僕の任されている仕分け室にアルバイトにやってきた。仕事終わりの飲みに彼を誘うと、毎日誰かの血をみる騒動が続いた。ケンカ、暴力、事故…、僕はそのたびに彼を説き伏せた。本当かどうかはわからないがヤクザの用心棒をしていると言っていた。

彼自身の生い立ちや背景は尊重するけれど、間違っていることは間違っている。僕は彼と彼の人生に真剣に向き合おうとしていた。でもそれは無理なことだった。誰かの人生を背負うということは並大抵のことではない。僕が説き伏せるほど、彼はまるで「今まで誰にも叱られたことはなかった」とでもいうように僕のいうことを素直に聞くようになった。そして、彼が慕ってくれれば慕ってくれるほどに、話を聴けば聴くほどに、殺伐とした彼の生き方は僕には荷が重すぎるように感じた。僕は彼の部屋にひと晩泊まり、彼に別れを告げてアルバイトを辞めた。

 

自宅の部屋にこもり、食も細くなっていった。電話機が怖かった。ベルが鳴れば、自分の知らない、決して望まない人生がドミノ倒しのように進んでいくような気がしていた。きっとそれは、軽はずみに他人の人生に土足で上がり込んだ僕の罪に対する罰だったのかもしれない。

衰弱していく神経はテレビのニュースでさえも敏感に反応した。悲しい事件や事故の話を聞くだけで鼓動が早まった。本の中にも、時々訪れてくれる彼女の言葉にも、救われる言葉はみつからなかった。どんなにやさしい言葉にさえ、相手を説き伏せる暴力を僕は感じていた。

ただそこにいてくれる、やさしい沈黙。それを「祈り」ともいうのかもしれない。ラスコーリニコフを見守るソーニャのように。

暴力をふるう彼に非暴力を訴えた僕も、言葉の暴力をふるっていたことに今更ながらに気づく。僕らの闘争という宿命に唯一立ち向かえるのは「祈り」しかないのかもしれない。

沈黙

雪が、まっしろな雪が乾いた舗道の上に舞い降りる
溶けることなく、真綿のように留まっている
風景が止まる 永遠がつづく

熱が僕を惑わす 目覚めたくない朝に気づく
黙ったままで、僕を睨みつづけている
少女のまなざし 胸を衝く痛み

今は穏やか過ぎる微笑みと君と僕を包む沈黙を抱きしめていたい
無意味な言葉の一言二言こぼれ出したなら きっと また歩き出せるから

強い風に樹々が騒いでは
琥珀色の枯れかけた葉から落ちてゆく
生き残るために言葉を吐く 喋り過ぎた僕の臆病を知る

舗道のわきに覗いた土に
細い神経のような根を張っている
もの言わぬ一本の樹が閑かに大地の響きを聴いている

金具の錆びたブランコが午後の公園の時を刻んでいる

今は少し疲れている僕の腕の中でまどろむ少女を抱きしめていたい
嵐の過ぎ去った空の光に風景が佇むように 何かがそこに溶けている

淀むことなく ときめきをさらけ出している
蒼く 清らかな 衝動がいつか

今は穏やか過ぎる微笑みと君と僕を包む沈黙を抱きしめていたい
嵐の過ぎ去った空の光に風景が佇むように 何かがそこに溶けている

沈黙

Music Video「沈黙」

Lyrics/Composed/Arranged/Movie:Chihiro

-- SpecialThanks --

<Vroid 衣装、パーツ>
HulaFlatWorksさん(柄シャツ、ジッパータートル、パンツ、靴コーデセット)
KoYoMi Works/詞詠さん(プリーツデニムワンピース、ブーツセット)
YSIY/野菜ゆうきさん(マウンテンジャケット・カーゴパンツ・トレッキングシューズ)
ティードットショップ/ティードットゼロさん(ボーイズレガシィセット/ヒロの幼年期)
もちょんさん(ライラ服のbutton)、華音3Rさん(ライラ服のlacework)
くらうど職人さん(ヒロのネクタイ柄)
もにもにぃさん(社長のネクタイ柄)

<背景画>
きまぐれアフターさん(社長室・エレベーターホール)、kazukiさん(退職願)
たこさん(机の木目)、れのみみさん(社長室の天井)
sakurase aoiさん(ヒロの寝室)、歩夢さん(雪の街中・街路樹・公園)
coji_coji_acさん(ベッドと布団、枕)、yoseiさん(夜の路地裏・ネオンと路地裏)
yumaziさん(いちょう並木とベンチ)、デデムシさん(いちょうの落ち葉・石畳の歩道)
MovieCube(masa YASU)さん(舞い散る羽)、【FW】フォトグラファーKさん(舞台/改変)
sagohachi358さん(舞台の木目)、AQ-taro_imagezさん(グランドピアノ)
riribonさん(譜面)、K-factory(グランドピアノ横)さん、kimtoruさん(社長室の天井正面)

Vocal:Vocaloid MEIKO V3 / Character:Vroid-Studio、3tene
Motion Capture:カーネギーメロン大学モーションキャプチャライブラリ、Jennifer Sumbu Longeさん
StockFootage:Storyblocks