同じ時代を生きた者同士の暗黙の一体感のようなもの

広告代理店での生活は、朝の9時から夜の9時までが営業職、夜の9時から朝の5時までが制作職。会社に泊まるにせよ、タクシーで一旦帰宅するにせよ、寝る時間はほぼ無かった。でもそれは自ら望んで履いた二足の草鞋であり、営業から制作を一貫してできる仕事のスタンスに僕は疲れも忘れて満足していた。

最初は桁違いの応募数を叩き出す広告制作に夢中になった。でも次第に、数よりも質にこだわるようになった。人と企業の相性はよく結婚に例えられる。広告を通して、いかに相性のいいマッチングを実現させるか。その課題が僕を一層夢中にさせた。

営業日報には嘘の訪問先を書き連ね、半年くらい本屋に通い詰めながら、僕は独自の広告企画を数種類作り上げていった。その頃には僕もマネージャーの肩書きを与えられ、チームを率いていた。それらの企画書群をチームで共有する。でも、メンバーの中には異議を唱える者や真向反発する者もいた。そもそも他人の書いた企画書をプレゼンするというのは、やりにくいものだ。腹に落ちていないことは喋れない。

僕は中堅以上の営業マンへのゴリ押しはあきらめ、新人や経験の浅い子に汎用企画書のタイトルを並べた1枚モノのメニューを持たせることにした。遊び心で“シェフのおすすめ”という見出しをつくり、フレンチレストランのメニューのような体裁にして営業経験の浅い子でも話しやすい仕掛けも施した。

新人チームに手帖をあずけ、次週の同行アポイントの日程を自由に埋めてもらう。自分の顧客の訪問日程は翌週の月曜の朝に空いているところをみながら調整をした。

最初は拒まれていた僕の戦略も、新人チームを通して次第に浸透していった。僕がその会社を去って7年ほど経った頃、仕事の関係で同期と顔をあわせた時に彼は言った。「あれ、まだみんな使っているよ。」

実際にその頃「採用広報」という類の言葉でインターネット検索を掛けると、当時僕が考えた企画やその後自分で発展させた企画とそっくりな内容や手法を見ることができた。広告代理店時代、真っ先に興味を持ってくれて、その後もずっと行動をともにしてきた後輩も「自分たちのやってきたことが正しかったって、背中を押される気がしますね」と言った。

どこかで、誰かが、同じようなことを考え、同じものに向き合っていたということ、そしてそれがおそらく一人や二人という数ではなく、多くの人たちが汗をかきながらそれらを考えたということをそれは物語っていた。

同じ時代を生き、同じジャンルに情熱を燃やし、その答えがものすごく近いところに着地する。そこには同じ時代を生きた者同士の暗黙の一体感のようなものがあった。ほのかに胸が熱くなるのを感じた。