因果内包。
自分事だと捉えれば、行動が変わる

誰かのせい、何かのせいにしているうちは決して何処へも行けはしない

僕のせいさ
episode22

ありがとうと言われて料金をもらいたい

広告代理店時代と生活は一変した。まだ10人もいない小さな会社で、またしても営業という肩書きで入社した僕は、毎晩のように社長や役員に同行して夜の会合へと向かった。流行の火付け役を担うマーケティング会社の社長や大手広告代理店の部長、銀行OB…etc. そして出資者となる超大物経営者にも会った。

これまでの生活では会うはずもなかった人たち。いや、会うという表現は適切ではない。テーブルの端っこでお酒をつくり、黙って話を聴いているだけ。広告制作しかできない自分のちっぽけさに、そこに自分がいることがいつも場違いに感じられた。同時に僕の頭の中には「この人たちはなぜ、夜に会うのだろう?」という疑問が常に付き纏っていた。

ギラギラとした欲望の蠢き。酒と金と女の匂い。これまで生きてきて吸ったことのない空気に僕は何度もむせ返しそうになった。

ビジネスとは金儲けのことだ。確かにそうかもしれない。でも僕はもっと理由がほしかった。誰かのためになることや、社会のためになること。少なくても金儲け以外の理由がほしかった。そういう僕みたいな人をビジネスの世界では「幼い」というらしい。でも僕は幼くてもかまわない。素直に違和感を受け入れ、もっと早く逃げ出してもよかったのかもしれない。

「赤字垂れ流しのビジネスをやるつもりはない!」 フリーぺーパーに掲載する広告の営業が始まると僕は来る日も来る日も、暴言のマシンガンを浴びせられた。言葉と言葉の合間に会議室の机に拳が振り落とされ、机が軋む。新たに採用された5名の営業スタッフは小さくなっている。標的は僕のみだった。

飲みの場でのピッチャー一気なんてものは序の口で、社長と大手広告代理店の部長が示し合わせて僕にとんでもない企画を持ちかけた。顔出しで植毛の体験レポートをタイアップ広告でやれと言う。

「植毛」とは文字通り、毛を植えることだ。後頭部の頭皮を一部剥ぎ取り、そこにあった毛根を額の生え際の毛が薄くなった部分に移植する。ドリルで1000箇所ちかい穴をあけ、そこに後頭部の毛根を植える。まるで、庭に無数の穴を掘り、ポットから外した苗木を1本1本植えていくみたいだ。それは、人間の頭のうえでガーディングが行われているような抽象画を僕に思い起こさせた。

そんな未知の体験、怖くないと言ったら嘘に決まっている。どう考えてもこれは、「数字が取れないのなら体を売れ!」ということに他ならない。でも、その頃には僕もあっけらかんとしたものだった。摩耗した神経に感覚が麻痺しているのだ。僕はそれを承諾した。

「これは見方によってはチャンスだよ。あなたがその気なら力を貸すよ。あなた次第だけどね。」

植毛の施術で頭に包帯を巻き、ネットをかぶった僕に編集の先輩がそう言った。

彼と僕との共通項は「お客さんにありがとうと言われて広告料金をもらいたい」ということだった。発行部数が前職の求人誌とはゼロの数が違う。広告の反響など、金額に見合うはずがない。そもそも、反響の出るはずもない広告を売るという行為が僕にはできない。

 

そこで先輩が考えたのは、タイアップの顔出し体験レポートを広告だけではなく、無償のコンテンツ提供としてクライアントのホームページや他誌への掲載にも使ってもらうというものだった。広告と言いながら、実際はコンテンツ自体を売るという発想だ。これなら反響がなくても感謝される。

植毛の体験レポートを添えたDMを打ち、レスポンスのあった先へ営業に向かう。タクシードライバーの採用やエステ、インターネットカフェ…etc. 興味を持ってくれる担当者は少なからずいた。

「おい!これ、お前の広告になっちまってるじゃねぇか!」

タイアップの体験レポートのゲラを見て、編集長が怒鳴る。確かに僕の露出が大きすぎる。でも僕らは「クライアントがそれでいいと言っています」の一点張りを続けた。「有名人でもないのに」と笑われるような“馬鹿なイチ社員”を広告塔にして、そのシリーズを続けるのが僕らの作戦だった。

かくして体験レポート作戦は順調に進んでいった。しかし、経営はフリーペーパーの休刊を決定した。最後の号で初めて、営業部は部の目標数字を達成した。メンバーも最後の最後に踏ん張った。経営が決めた発行部数や編集の方針に疑問を持ちながらも、ある程度の結果が出せたことは嬉しかった。何よりも「ありがとう」と言われて広告料金をもらえたのだ。

何かのせいにしているうちは一歩も前には進めない。でも、それがどんなに理不尽なものにせよ、自分事だと受け止めれば、多少なりとも前へ進むことはできる。その経験はそんなことを僕に教えてくれていた。でもそれは「誰かの生きる力になる作品」には程遠いものだった。

「あのな、あなた会社辞めろ。あなたがこのままいると私の立場が危ういんだ。」

休刊が決まった数日後、編集の先輩にそう言われた。先輩は見た目はオタクだけど、心の中では自分をシャア・アズナブルだと思い込んでいる。冷徹な言葉を浴びせることに少し酔っているようだった。

フリーペーパーが休刊となり、会社は新たな事業展開を考える。ずっと編集を教わっていた僕は先輩にとっては足手まといなのだろう。先輩の性格を考えれば、理解できることだった。ひとまずはそんな風に冷静に受け止めはしたけれど、営業にも取材にもいつも同行してもらい、寝食をともにしてきたような相手にそんな言葉を浴びせられたことはショックだった。

でもフリーペーパーも実質廃刊となり、僕は会社に残るつもりはなかった。だから、「いいですよ、辞めます」と返した。先輩は僕の返答に驚いたようだったけれど、少し間を置いて「あなた、何がやりたいの?」と訊いてきた。僕は咄嗟に「音楽がやりたいんです」と言ってしまった。

「あんた、馬鹿?」

文章を教えてくれたのも先輩だったし、窮地を救ってくれたのも先輩だった。そんな風に毎日毎日「あんた、馬鹿?」と言われ続けたけれど、今でも先輩には感謝している。

僕のせいさ

走り出すドラマ 後戻りはできない
スピードが上がってく日常の景色は
ああ 波立つ 目を凝らす

誰の手にも負えない 僕の運命は
ポケットの中の思い出 握りしめ
そう 出発つ 目を覚醒す

初めての駅で戸惑う 見知らぬ空が
何もできない心をじっとみつめてる

誰のせいでもない 僕のせいさ
何のせいでもない 僕のせいさ
誰のせいでもない 僕のせいさ
誰のせいでもない 僕のせいさ

思い出す水平線は 果てのない未来を示す
1ミリの限界が誇らし気に積もる
ああ 降り積もる 歴史をつくる

改札を抜けて仰ぎみる 星のない夜空が
何もできない心をじっとみつめてる

誰のせいでもない 僕のせいさ
何のせいでもない 僕のせいさ
誰のせいでもない 僕のせいさ
誰のせいでもない 僕のせいさ

僕のせいさ

Music Video「僕のせいさ」

Lyrics/Composed/Arranged/Movie:Chihiro

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